革新と信念が生んだ名作チェア
1952年、デンマークの建築家アルネ・ヤコブセンが製薬会社ノボノルディスク社の社員食堂のために生み出した一脚。それが「ANT」の始まりでした。
背から座面へとなめらかに続くくびれと、すらりと伸びた脚。その姿がアリを思わせることから「アント(蟻)」と名づけられ、日本では「アリンコチェア」の愛称でも親しまれています。
発売当初は革新的すぎるデザインゆえに製造が難しく、反対の声も少なくありませんでした。しかしヤコブセンは「売れ残りはすべて自分が買い取る」と約束し、製作に踏み切ります。
その信念が実を結び、結果的に数百万脚が世に送り出されました。
こうして、アリンコチェアは北欧家具の黄金期を象徴する存在となり、フリッツ・ハンセンを世界へと押し上げました。その後のセブンチェアやリリーチェアなど数々の名作へ続く、重要な第一歩でもあります。
2019年には「グッドデザイン・ロングライフデザイン賞」を受賞し、60年以上を経た今なお、普遍的な機能美と芸術性で、暮らしを彩り続けています。
軽さと強度を両立した「究極の造形美」
アリンコチェアは、世界で初めて背座一体の三次元曲線を実現した成形合板チェアです。7枚の薄板と2枚の仕上げ板、合計9枚を縦目・横目で組み合わせて圧着する高度な技術によって、軽さと強度、美しさと快適さを兼ね備えました。
背から座面へとなめらかに続くカーブは、見た目の美しさだけでなく、背中から腰にかけて自然にフィットする座り心地を生み出しています。
小ぶりなサイズながら、身体をやさしく支える心地よさは、長年愛される理由のひとつです。
そのフォルムが形づくられるまでには、数々の試行錯誤がありました。
座と背を一体で成形するという挑戦は当時きわめて革新的で、製造は難航したといいます。
デザインと技術のせめぎ合いのなかで形は徐々に研ぎ澄まされ、結果的に“くびれ”のある独特のシルエットにたどり着きました。(試作段階の細かなエピソードには諸説あります)

▲軽量な上に、このくびれ部分に自然と手をかけられるため、持ち運びがしやすいのも魅力
脚部の構造も革新的でした。
ヤコブセンは「椅子に4本脚は必要ない。3本で十分だ」と語り、前1本・後ろ2本の3本脚を採用しました。
座る人の脚と合わせて5点で安定するという独自の発想は、デザイン史に新たな一歩を刻みました。後に安定性を高めた4本脚モデルも加わり、現在では両方から選べるようになっています。
セブンチェアとの違いで見るアリンコチェアの個性
アリンコチェアは、その後継モデルでありヤコブセンの代名詞とも言えるセブンチェアとよく比較されます。
どちらも成形合板ならではのしなやかな座り心地を備え、最大12脚まで美しくスタッキングできる点は共通しています。
しかし、その性格は少し異なります。
※シェルがベニヤタイプ/脚が4本脚の場合
セブンチェアがゆったりとした普遍性を持つのに対し、アリンコチェアはひとまわり小ぶりで軽やか。
女性や子どもにも扱いやすく、フラットな座面は「ちょっと座る」場面にぴったりです。マンションや賃貸住宅など、限られた空間でも取り入れやすいスケール感が魅力です。
また、デザイン面では、セブンチェアが落ち着きと安定感を演出するのに対し、アリンコチェアはコンパクトな曲線が空間に軽やかさや遊びを添えてくれます。
そして何より、セブンチェアが世界中に広まり普遍的なデザインとして定着した今でも、アリンコチェアは「北欧デザインの原点の革新」を宿す象徴として、人々の暮らしを彩り続けています。
一脚で空間を変えるコーディネートと活用術
ここではいくつかのシーンをご紹介します。
1. エッグテーブルと合わせて

▲ ANT(アリンコチェア) / ウォルナット
EGG TABLE(エッグテーブル) / ウォルナット
KAISER idell(カイザー・イデル) / ブラック
同じく1952年にヤコブセンによってデザインされたエッグテーブルは、アントチェア3脚と組み合わせて使うことを想定して生まれました。天板の柔らかな曲線とチェアの軽やかなフォルムが美しく調和し、日常のダイニングを上質なひとときへと導きます。
2.テーブルシリーズと合わせて

▲TABLE SERIES(テーブルシリーズ)A603 / ホワイト
フリッツ・ハンセンを代表する「テーブルシリーズ」との組み合わせは、無駄を削ぎ落としたデザイン同士が響き合い、空間にモダンで軽やかなリズムを生み出します。中でもスーパー円テーブルの脚部“スターベース”は、同じくヤコブセンによるデザイン。構造の美しさと佇まいが呼応し、空間をより洗練された印象へ導きます。
3. 木製テーブルと合わせて

▲Hven Table(ヴェンテーブル)
モダンな印象のアリンコチェアですが、実は木製テーブルともよく合います。
フロントパディング仕様を選べば、ファブリックのやわらかな質感とテーブルの木のぬくもりが響き合い、自然から生まれた素材同士が穏やかに調和します。
4.リビングや廊下のアクセントとして

▲ANT(アリンコチェア) / ブラック / カラードアッシュ / VANIR 193(ヴァニール)ブラック / フロントパディング
壁際や窓際に一脚置くと造形美が際立ち、空間を彩ってくれます。まるで「座るための椅子」というよりも、眺めて楽しむアートピースのような存在になります。
このように、アリンコチェアは小さなシルエットでありながら、部屋全体を軽やかに変える大きな力を秘めています。
スタッフレビュー
スタッフ Y

自宅のダイニングで、自分専用の椅子としてアリンコチェアを愛用しています。小さな子どもがいるので、毎日バタバタと座ったり立ったりの繰り返しですが、その軽さと扱いやすさが今のライフスタイルにぴったり。朝のちょっとしたメイクや準備も、この椅子に座ってサッと済ませています。
スタッフ T

我が家は木製家具中心の北欧ほっこり系インテリア。そんな空間に、思い切って「アリンコチェア ブラックカラードアッシュ(3本脚)」を迎えました。最初は「浮いてしまうかも」と不安もありましたが、リビングの壁際に置いてみたら、意外にもしっくり。空間に程よいアクセントを与えてくれて、新しい風を吹き込んでくれました。壁際に置くことで造形の美しさも引き立ち、毎日目に入るたびにちょっと嬉しい気持ちになります。
スタッフ E

仕事中のチェアとして、フロントパディング仕様のアリンコチェアを使用しています。コンパクトなサイズ感が小柄な自分の体形にちょうどよく、腰にしっかりフィット。長時間のデスクワークでも疲れにくく、快適に過ごせています。
理想の一脚に出会える脚部のバリエーション
アリンコチェアには、誕生当初から続く3本脚と、実用性を高めた4本脚の2つのモデルがあります。
空間の雰囲気や使い方に合わせて、最適な脚部をお選びいただけます。
3本脚モデル

アリンコチェア誕生時から受け継がれる3本脚のモデルは、ヤコブセンの思想を最も純粋な形で体現した、象徴的な仕様です。
正面から眺めると3本の脚が美しくバランスを取り、まるでオブジェのような存在感を放ちます。
4本脚モデル

より高い安定性を求める声に応えて生まれたのが4本脚モデルです。日々の暮らしの中で誰でも安心して使える実用性が加わりました。家族で使うダイニングや、座ったり立ったりが多いシーンにおすすめです。
お手入れの仕方・お取り扱いの注意点
・シェル:木材(ラッカー仕上げまたは着色塗料仕上げ)
https://www.fritzhansen.com/ja/sales-support/care-and-maintenance/lacquered-or-coloured-wood
・シェル:ファブリック
https://www.fritzhansen.com/ja/sales-support/care-and-maintenance/textiles
・脚部:クローム仕上げ
https://www.fritzhansen.com/ja/sales-support/care-and-maintenance/chrome
・脚部:金属(粉体塗装仕上げ)
https://www.fritzhansen.com/ja/sales-support/care-and-maintenance/powder-coated-metal
アルネ・ヤコブセン 植物を愛した完璧主義者
アルネ・ヤコブセン(Arne Jacobsen, 1902-1971)は、デンマークを代表するデザイナーであり、建築家としても名高い人物です。
彼のデザインの最大の特長は、建築から家具、照明、小物に至るまでを一貫して手がける“トータルデザイン”のアプローチにあります。建築と調和しながら、空間の中で機能し、美しくある家具を生み出すという哲学は、今なお多くのインテリアデザイナーに影響を与えています。
ヤコブセンのデザインはなぜ、こんなにも人を惹きつけるのか?
ヤコブセンは「デザインは単なる形ではなく、使う人々の快適さを考えたものであるべき」と考え、美しさと使い心地の両面を、細部にまで徹底的にこだわり抜いてプロダクトを作り上げる完璧主義者でした。
セブンチェア、アリンコチェア、グランプリチェア、スワンチェア、エッグチェア... 時代を超えて愛される名作の数々は、成形合板やファブリック、レザーといった異素材を駆使しながら、人間工学と彫刻的な美しさを見事に両立させています。
実はヤコブセンはもともと、植物学者になりたかったという背景を持っています。
彼のデザインには自然界からのインスピレーションが色濃く反映されており、自然の有機的な形状を作品に取り入れることに強い関心を持ち続けました。例えば、ドロップチェアのフォルムやリリーチェアのデザインは、自然界の形状や動きを模倣しており、ヤコブセンの植物学的な背景が彼のデザインに独特な影響を与えています。
総じて、アルネ・ヤコブセンはただのデザイナーではなく、空間そのものをデザインし、機能と美を両立させた革新者でした。自然美と人間的な温かみに包まれた彼の作品は、今もなお北欧デザインの金字塔として、世界中のデザイン愛好家に愛され続けています。
FRITZ HANSEN
時代を超えるデザインが集う、北欧の老舗ブランド

フリッツ・ハンセンは、創業150年以上の歴史を誇るデンマークの老舗家具ブランドです。創業以来、アルネ・ヤコブセンやポール・ケアホルムといった巨匠デザイナーとのコラボレーションにより、時代を超えて愛される名作を生み出し続けています。
クラフツマンシップと北欧のデザイン哲学が融合した家具は、木製以外にもスチールやレザーといった上質な素材と、洗練されたフォルムが特徴。セブンチェアやエッグチェアなど、彫刻作品のような名作の数々。単なる家具ではなく、空間全体を洗練された雰囲気に包み込みます。家具のみならず、照明やアクセサリーまで、トータルインテリアを提案できる豊富なラインナップも魅力です。